釣り堀へと坂道を下りてみる

道路から下方に見える、その釣り堀。一帯は緑の中で、そうした場所としては広さも充分にありそうだし、のどかな空気の中でやれそうなところだな、というような印象をもって通りがかり、いつもは見下ろしているだけだったが、今日は、下りて様子を見てみることに。坂の下、一端に柿の木があって、ちょうど食べ頃の大きな実が枝に沢山。そして、下に落ちていたりなどするのである。柔らかな草むらなどに。その実の感じからして、枝にあるのと変わりのない色の、少しの傷みもなさそうなのもある。よって、3個ほど、手に取ることにする。                                        日曜日のせいで、客も多かったのだが、堀も広く水の緑も印象的で、ゆったりとした雰囲気。その広さからか、人の多さが目立たない感じもあり、また大きな声を上げる者もなく、ゆったりと穏やかな時間をそれぞれに過ごしている模様でありましたね。少しの間の拝見だったけれども、釣りあげる場面は見ませんでしたねえ。私は魚たちに、「釣りあげられるなよ」、と密かに言ってきたんですが・・・・・・・ね。                                       

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8月11日長岡の長生橋を渡る

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全長、805.8メートル。現在は3代目の橋。市の川西、川東を結ぶ。今は同じ市に組み入れられている故郷小国町に行く時には、いつもここをバスで通る。この橋の長さ。それも信濃川というスケールの大きな川あってのものであるのだけれども、通りながらの眺めは、その川面積の広さ、中洲の様子や変化に富んだ模様に、しばし圧倒させられてしまう感じ、覚えなくもないですね。

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四国八十八カ所霊場めぐりのこと

四国。こちらからは、遠い場所。一生行くことはないはずの土地。高校の時、修学旅行で小豆島まで行ったのが最も接近した経験か。もちろん、行けるものなら、行ってみたい。                                            その四国と縁のありそうな寺が、ここ船橋、自身の住まいの近隣にあるので、そこのことについて、触れてみたい。時たま通る道沿い。国道の14号から少し入った処にある真言宗の大覚院という小さな寺。門が赤塗りであることから「あかもん寺」という呼び名もあるようである。前の道から寺内を見ると本堂の前方、左側にこのような像が立っていて、目につく。

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                                    托鉢僧というふうであるのだが、少し高い位置に立つその像の下の周りには石畳が、敷かれている。それらの石に刻み込まれている、八十八の数字。

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四国八十八カ所の霊場の数。それを見れば、ここにそれがある理由を思いたくなろうというものである。近隣に寺はあちらこちらにあるけれども、こうした模様を見る場所はない。この手前左には、それぞれの霊場、寺の位置が分かるように案内板が、立てられている。                                                                                                     

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はるか遠い土地、四国各県の霊場。映像で見たことのある模様と、その長い距離に思いを馳せながら、通りがかり、そのあかもんを入ってそれらの前で立ち止まる。一度だけ、八十八の石を踏んで、回ったことがある。それもめぐり体験になるのだろうか。15、6メートルだけの八十八カ所。想像するしかない、場所。

                                                               たまたま、また通りががりに寄ってみることのあったあとのこと、Open collegeにいる早稲田大学の方で、社会連携研究所主催の「四国八十八カ所遍路道から世界へ」と題された公開シンポジウムのあることを知り、関心を抱いた。4月25日の開催。その「世界へ」という部分にも、なにか展開のありそうな期待を感じて。NHKアナだった松平定知氏なども講師、パネラーとして参加。                                                  

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「このシンポジウムでは、四国と結びつきの深い講師を招き、四国遍路道の研究をコアコンセプトにして、全国に広がる遍路文化、さらに世界の巡礼を見据え、現代の視点から道空間の多様性と社会性を捉えなおす作業を通して、社会との関わりの中でその成果を活かしていくことを目標とします」とその案内にはあった。                                                                                    その内容がどうであったか。講師として、またパネラーとして話された方々の話。印象にのこることはむろんあったけれども、スクリーンに映し出されるさまざまなシーンの画像を通して知る、遍路道の模様に具体的に伝えられてくるものがあって、興味深かった。四万十川の沈下橋というようなものも、こちら知らなかったりで。                                                         講師として出席された大橋一章教授は、四国高知の出身。遍路道そばで育ったことで、子供の頃家のそばを通るお遍路さんに、いくらかの食糧など渡すように母親に言われた時、それをするのがとてもいやだったと言った。お遍路さんの白い装束がこわかったと言った。そんなエピソードも、印象に残る。                   

                                                  

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今日、日曜日の長津川公園

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                                                                      桜の花は、かなり散ってしまっていますね。でも良い日和。やってきている人、この画像に見える感じよりも多かったですよ。家族、友達、場所によっては多人数のグループで、そしてまたバーべーキューなどをやっている場所もありました。それから、サッカーボールを転がしたり、あれこれ、みんなで興じたり・・・・・・。                                                          この公園は、内側が一帯このように広場になっていて、ちよっと高い位置にウォーキングコースというか、ジョギングコースというか、それがアンツーカーなど敷かれる形で取り巻いているわけですね。一周できるわけです。その一角で今日は、珍しくフリーマーケットが開かれていましたね。私は近くに行きませんでしたから、どのような品物が並べられていたのか分かりませんが、ともかく、コースを歩き、走る老若男女もまた、この日和のせいもあってか、結構いましたね。

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長津川公園の桜2009

一昨年の4月にこちらの公園の桜を何点かブログ上に。それ以来です。前回は海老川沿いの桜並木の画像も一緒だったのですが、毎年そちらにも行ってきておりますものの、今年は、思えばここのところそちらの方には、足を向けていないようですね。昨日、日曜日の昼、上野に花見に行ってきました。「カラオケ・楽器演奏禁止」の看板がでておりまして、人であふれている園内に聴こえるのは人の声ばかり。とても良い感じでしたね、そうした雰囲気。ガンガン音楽の音がひびくというような型のにぎわいではなくて。                                                 私の住まいから歩いて7、8分の、こちら長津川公園。屋台などがでるわけでもない。周りのウォーキングコースにあるテーブル、ペンチ。あるいはこちらが中心の、内に広がる芝生上に多く集う人々で、この公園ならではの花見ムードいっぱいだったようですね。                            

                         

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ほたる観賞会night

運動公園内、「ほたるの里」でのほたる観賞会。市民野球場前の広場の先の坂道を下りて、ウォーキングコースを左にちょっと行くと、左の斜面がその「ほたるの里」。坂道には毎年、このように提灯が下がり、薄明かりの中、家族連れなど沢山のひとたちが、たのしみに見にやってくる。ところが、今年は一昨日の初日が雨で、中止。昨日は大丈夫だったけれども、今夜もまた雨で中止と、限られた日数の観賞会。残念な状況。とくに週末は良い天候で、にぎわってもらいたいもの。昨夜あたりも、沢山の人が来ていたようであるから。

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医療センター裏の畑地

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市立医療センター裏の坂道を上がると、一帯が畑地。勝手にこちらが空の色まで変えてしまったけれども、これが、その風景。中央辺りを、あるいは側面を通る道をウォーキング時に歩いて行く。街の中にこうした風景のあるしあわせ、居心地の良さを感じる時間でもありますね。街の中。畑地も田もあるこの辺りを街と言うのが適当かどうか、それは分からないけれども、ともかく内側になる。向こうには街。近接。隣接。                                                                                                              ウォーキング時とはいえ、こちらを通るのは時たま。医療センターは少し低い位置。でも階数の多い建物だから、行きながら振り向くと3階あたりから上の明かりが見える。4階、5階。それぞれがどのような階で、どのような人たちがそこにいるのか分からない。でも、体のどこかを悪くしてそこに入院している人たちのいる場所。不安や痛みのある空間を、感じる。人と出会うことはまずない、土そして草の生えた道を、運動の速度で。                                                                                                                           

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「馬込文士村」と呼ばれた地のこと

片づけものをしていたら「馬込文士村散策のみち」と題されたパンフレットがでてきた。東京の大田区土木部管理課、昭和63年3月発行。区立の馬込図書館あたりでもらったものだと思うけれども、発行日を見て、これを手にしたのがいつの頃のことだったのかを改めて知った。

012_2 パンフレットには「馬込文士村」命名の由縁について、「大正12年に、尾崎士郎と宇野千代さんが結婚して新居を構えたのが東京府荏原郡馬込村(今の大田区南馬込)です。その後川端康成、山本周五郎、室生犀星、萩原朔太郎といった文士たちがこの地に移り住み、馬込村は文士の交友が盛んに繰り広げられる場所となり」、近年になって「馬込文士村」と呼ばれるようになった、とある。                                  1979年に私は大森からその南馬込に越したのであるが、それまで文士村については知らなかったのではないかという気がする。記憶が定かではないが、馬込図書館の一角には「文士村コーナー」があったりで、関心を抱いて訪れ、その関係のものを借りたりもするようになった。そうして知った、その地に於ける彼らのさまざまなエピソードなど、やはり興味深いものがあった。何よりも、ここに載せたマップのような文士たちの住所地を見るうち、自身の住んでいる場所 と明らかに一致すると思われる人のいたこと。

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                                                      4丁目の49に片山達吉、の名がある。私の住んだ家と同じ番地、同じ位置である。何の知識もなかったが、調べて見て、銀行につとめながら文芸評論家として活躍した人であったということを知った。ちょうど、道路の斜め向かい側に川端康成の名があり、その殆ど隣りとも言える辺りに往年の俳優、池辺良さんの父親、画家の池辺釣の名がある。私の住んだ家は家としては末期にあるような古さで、9年ほど住んでそこから越したのも、取り壊されることになったという理由による。それほどだから、その片山氏が同じ家に住んでいたということも、充分に考えられるように思えるのである。1980年代当時からしても、はるか昔のこと、私の住んだ家の手前の臼田坂にしても、当時は土の道でおそらくは下駄などをはいた着物姿で彼らの誰かは歩いたものなのだろうが、ただそうしたことを想像させるだけの、多分当時の面影はどこにも残されていないのではないか、と思わせるような現在の眺め。だが、そこを彼らが通り、近辺に住んでいたのは確か。なにか残るものを、今のその地に重ねていることがあるのだった。このマップ一帯に見える名前の多彩なこと。やはり並々ならない、特異と思われる現象、と言いたくなるものがあったように映ってしまう。                                              私の住んでいた家のすぐ近くには日本画家の川端龍子(1885-1966)。私はその住まい跡に建てられたものと思える、歩いて2分とかからない見上げるほどの彼の大作並ぶ龍子記念館に、時たま出かけていた。往時を身近に感じることのできるような、場であった気がする。管理する身内の方であったと思う。夏の頃など窓を開いていた、その館内の休憩席に腰を下していると、お茶を運んできてくれたりなどした。そのようなことも、思い起こす。                                           

家の前の臼田坂ということでは、坂上の方に住んでいたらしい俳優の長岡輝子さんが住まいに向けて歩いて行く姿を、見かけたことなどもあったけれども。ついでながら、すぐ近くで車がエンストを起こしたらしくどこかで聞いたような声を上げている、やはり俳優の田中邦衛さんを、見かけたことなどもあったり。            9年余住んだ、懐かしい地である。

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1986年頃の臼田坂

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市民まつりの夜四景

普段は飲まないのが、缶チューハイを手にしている。やはり、夜になっても気温は高い。汗ばんでくる。表通りは、屋台が並ぶせいで歩行スペースが狭まっているために、人出の多さに先に進むのも容易ではない、混みよう。裏通りも、沢山の人の流れ。やはり、まつりならではのもの。今年も、青森からのねぶた登場。

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親子。足の下は、と見れば赤い郵便箱である。すこしグラグラしている。そこは、ちょっとまずいのではないかな。でも、そこなら良く見えるだろうね。

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中で面をつけて踊る子供の可愛さ。

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色違いの魅力

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昨日8月12日は、新潟でお墓参り。いつも母の実家である従姉の家にひとまず腰を落着けてから近くの墓地にでかけていきます。昨日も猛暑を感じる午後の時間帯に出かけて、もう汗ダラダラ。でも、それがいつもの夏の盛りの中のもので、流れる汗もそういう感覚で良いものに感じていましたね。                                              今年は、従姉の横須賀に住んでいる下の妹の次女という女性が泊っていて、初めて会いました。華奢な感じながらやさしげな、そしてとても明るくのびやかな感じの人でしたが、話をきいてみると、彼女は赤の自動二輪車でひとり、東北地方を旅して回ってきたのだというのです。仙台の七夕、青森のねぶた祭りなどを見ながら。ねぶた祭りでは、祭りの衣装になって参加してきているのです。歯科の技工士になるとかで、旅をしながらその方の課題にも取り組んでいるという、なかなか行動力のある、人間としてもスマートな印象を覚える女性でしたね。魅力的でした。

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