消防隊員/ 壁、もう前には進めない

いつも通る市の中央消防署の分署前。昼の時間、あたりに響く隊員の訓練の声。消防車、救急車、合わせて八台分ほどの車庫の上の空間にはロープが左右に張られ、下掲の画像のように隊員たちが、手でロープを伝いながら左から右方向、また逆方向へと渡るのである。その時には、鍛えられた腕力が必要になるだろう。声を上げながら、必死で可能な限りのスピードをだして、渡りきろうとする。3階あたりの高さになるのだろうか。                             右サイドには事務所のある建物。左サイド、つまりは車庫の左側はコンクリートの高い壁。その壁もまた、隊員たちの伝い上がっていく訓練のためのもの。それら左右の壁や建物の間の高い位置に渡されているのが、そのロープ。通りがかり、下から見上げる者にレインジャー部隊の訓練をイメージさせたりなどする、その隊員たちの姿。励まし、叱咤するような声が飛び交う。                                        さすが鍛えられていると思わせる動きを見せて、いつ見ても左から右、右から左へと隊員たちは懸命にロープを伝って前進していく。力萎えて進めなくなる姿を見ることなど考えられないのである。                                            ところが昨日の昼近く、通りがかりに見上げた時、なにかいつもとちがうことがそこで起きていることが分かったのである。右方向へと向かっている隊員が、ゴールになる端まで5メートル位手前で、動けなくなっているのだ。どうしてそのような状況になってしまったのかは分らない。連続して往復するような訓練をすればあるいは、完全にバテてしまう者がでることも考えられる。そうでもなければ、そのように動けなくなるというのは考えられないように、見ていて思えたのだが。ともかくその隊員は力尽きたように手はロープを掴みながらも、両脚にはロープに絡める力がないように垂れ下がらせたりなどしている。端にいる隊員たちは、なんとか奮い立たせようと声をかけているのだ。その声を受けて1センチでも前に進もうとするかのように懸命にロープにかけた手に力をこめて体を前に運ぼうとするのだが、もう全く、その1センチでさえ進めないという様子。でも、端に辿りつかない限りは終わらない。止むを得ない、助けてあげるとするか、となる気配は全くない。当人が死にもの狂いで最後までやりとげるしかないのである。                                          どうなることかと、こちらは立ち止まったまま成り行きを見ていた。二十代という年格好の隊員のように思えた。動けないでいる間にも、少しは力を蓄えることができたのか、そのうちには無い力を振り絞るようにして前進。だが、2メートル位に近づいてもうすぐに終わり、という所に辿りつきながら、もうどうにもならないほどに力を使い果たしたふうに動けなくなっている。待つ隊員たちの、励まし叱咤する声もまた、懸命。あたりに響き渡るのである。こちらも、そうした隊員の力尽きたような姿を見るのは初めて。今は四月、訓練を始めて間もない隊員だったのだろうか。彼は、明らかに限界にあった。もう動けなかった。力を使い果たしていた。だが、声をかけはするが誰も手を貸すことはなく、当人が自身の力で端に辿りつくまで、終わることはないのだった。

こちらの画像は以前に撮った同じ分署でのもの

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