空の線

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いつでも、素直に動けるというものでもない。天の邪鬼。などという辺境住まいの生きものもいて、この土地はオレのもの、とふんぞり返っていたりすることもあるんだね。その鼻、潰してやろうか? 強硬に出たくもなる時もありますよ。だって、普通には良い人間らしく振舞いたいものだもんな。人の心情の良く分かる、心性の良い魅力ある人間らしくね。あんまり、逸れた処には行きたくないもんだ。でもそれがまた、むずかしい時があってさ。
(真新しく人の通行まだ許されないこの階段画像と、これらの言葉、無関係ですからね)
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一昨年の4月にこちらの公園の桜を何点かブログ上に。それ以来です。前回は海老川沿いの桜並木の画像も一緒だったのですが、毎年そちらにも行ってきておりますものの、今年は、思えばここのところそちらの方には、足を向けていないようですね。昨日、日曜日の昼、上野に花見に行ってきました。「カラオケ・楽器演奏禁止」の看板がでておりまして、人であふれている園内に聴こえるのは人の声ばかり。とても良い感じでしたね、そうした雰囲気。ガンガン音楽の音がひびくというような型のにぎわいではなくて。 私の住まいから歩いて7、8分の、こちら長津川公園。屋台などがでるわけでもない。周りのウォーキングコースにあるテーブル、ペンチ。あるいはこちらが中心の、内に広がる芝生上に多く集う人々で、この公園ならではの花見ムードいっぱいだったようですね。
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花見day。広い公園内のこちらにシートを敷いて集ったシニアたち。全員六十半ば以上とも見える。良い時のことも良くなかった時のことも、苦労も、それはもう分かりあっているのさ。こんなふうにあったかく晴れた春の日に、一同介して、あれこれ語りながら飲む。気分良くないわけがない。 良いなあ。「和」、なんて。
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9世紀初頭に空海によって開かれた真言宗。その豊山派のこちら、お寺。 その山門。すべてのひとに、開かれて。錠前がかけられることもない。そうして、その外と内の空気は、同じでありません。同じとは、感じません。こちらの空気は、ひんやりとして浮き立つものを、鎮めようとするかのような作用をする気配思わせて、それ既に、なにか異うもの。そうして、沈む色調の重い周辺模様に包まれるようにして、進める歩。そのようなイメージ伴う、こちら。
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浅草辺りが、好きである。運動を兼ねることができるので、自転車で行く方が多い。こちらから行くと、先ずは市川橋、江戸川区内に入って上一色橋。その次が江戸川区の平井と葛飾区の新小岩を結ぶ平井大橋。そして短い江東新橋。四つの橋を通る。 平井大橋は長い橋。荒川と中川放水路に架かる。 これは、橋の上からの上流側の眺め。
この右サイドを走っているのが、高速中央環状線。夜になると、高速のオレンジ色の灯りが、はるか向こうでカーブする先端まで点々とつづいて、眼にのこる夜景を見ることができるようになる。 ところで、通るたびに見てしまうのが、そのこちら、川との間に見える、ひとりがやっと横になれるスペースしかなさそうな手製の家。そうした場所であるから、電気も水道もない。
どういう生活なのか、想像ができない。 人の姿を家のそばに見る。
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