公園一夜にして湖 20 May 2008
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何ミリもないような小さな粒。そんな粒の集まり。一つの細い枝に沢山見える。道路沿いの家の敷地際から、低い細い枝がこちらに伸びている。 どこかしらには、新しく加わっているものもあるのかもしれない。だが、道に沿って見える木や草花の模様は、毎季節、変わりのないもののように思える。今の季節なら、もうちょっと先のあの太い樹の幹の色具合、辺りの草の様子はこんなふうと、記憶のままに思い描くことができる。通りなれた、この辺り。 この敷地の家には道路際に、はるか以前に亡くなったあるじが、そこで大切に花や植物を育てていた名残りの温室がある。50代と思える独り暮らしいその息子の姿が、そこに見えたりなどする。なにするともなく、ちょっとさみしげに映る様子を見せて、ただ腰をおろしたりなどしている。
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空気よりも軽いのではないか、蝶。広げる羽の立てる音、花びらに止まる音、確かに発せられるものではあるだろうけれども、それまた考えられないほどに、数万キロ彼方の爆音のように遠く、届かない世界のもののよう。そこで進行していることに気づく人もまた皆無。神でさえご存じないことだろうな。赤い思いの炎など、どこにも見えないものだしね。そもそもそのような思いがあるのかどうかも夢の世界のことのように、地の果ての彼方ほどに見えることがない。 なんてことを思うのは、あなただけかもね。その花や蝶のはるか下の方で、天上世界を見上げるみたいに様子をうかがっている永遠のような暇時間を過ごす名のない生きもの。その眼。みんなわれらの知らない、別次元の世界のお話ということになるんだろうな。
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昨秋からのつき合いの彼ら。その彼らの当時、そして現在のことを思う。10カ月ほどが過ぎているだけである。それを10カ月も過ぎていると、それを長い期間と見ることもできる? いや、それはやはりさして長い時間の経過ではないでしょう。とこのようなことに思いを向けてしまうのは、この間に、彼らに大きな変化があったからである。いくつか季節が過ぎただけなのに、もうこのような変化が、とこちらなどは思わずにはいられないからである。 先ず当ブログの5月3日「Mary、本を見る」、5月24日「Mary、aloneつづき」などに登場していたMary。冬の頃は、まだ子猫より少しだけ成長したばかりのところだった子。動きが素早かった。こちらの口笛をきくと、コース脇の藪の斜面を突っ切るようにして駆け降りてきたものである。夜の時間など一緒にいると、芝生の上で陰と戯れたり、そばの木に駆け上って行ったりるともかく敏捷、若さいっぱい、いつもこちらが口笛などで合図をすると、どこからともなくしなやかな動きを見せて、やってきたもの。 そんなMaryが、7月4日のそばにジョーもいた雨の夜。広場奥側の屋根の下、様子がおかしくなっていた。BB、ジョーなどとちがって小食の方なのだが、前にフードを置いても何の反応を示さない。体に触れても、いつもならなにか反応があるのに、元気なく反応しない。明らかにいつもとちがう。いつも、元気いっぱいな子に、なにがあったのか分からないが明らかな異変。ほぼ毎日会い続け、見つづけてきたMaryを、その夜以降見ていない。 その辺りを離れるとも思えない。とすれば、考えられるのはひとつだけである。 BB。陽のジョーとすると、こちらは陰。白黒の雄猫だが、おとなしく、控え目。2月から3月の頃だったか、骨折したもののように右前足を使えなくなっていた。ぶらりと上げたまま不自由そうに歩いていた。そんな足でこちらの呼びかけに藪の斜面を、時間をかけて下りてきていた。それが癒えて四本足で歩けるようになったかと思ったら、今度は、他のどこかのネコにやられたものか、全身無残なほどの傷だらけになり、更にはそのあと右の眼をやられて傷でふさがれて見えなくなるというひどさ。散々な目に合ったのだった。それでも、私は自分にできるのはその程度のことと、できるだけ彼には沢山食べさせるように心がけたもので、そのかたちはいまもつづいている。 そして、ジョー。最初から、ウォーキングコースを一緒になって一周してくれるという、愛犬のように慣れた特別な性格を感じさせる子だった。たくましい首。小型の虎みたいな風貌。こちらが戻ろうとする時など、どこまでもついて来ようとする、そうした他とはちがう性格、行動性は、ジョーならではと、やはり思わせる。そのたくましい彼が2週間程前だったか、最初それがジョーとは分からないような変わりようを見せて、現われた。眼のあたりにヤニを溜め、全体の感じがなにかそれまでのジョーとちがう。明らかに、どこかを悪くしているという感じ。犬の散歩をしている人が近くにいたので、人の姿のないところで食べるものをあげようと広場の芝生に入っていくと、呼ばなくてもこちらのあとをついてくる。その行動だけ見ても、ジョーだと分かった。眼のヤニなどのせいで、それほどに分からなかったのだ。今も、ジョーの眼はそんなふう。背の首側の皮膚にできもののあとのような固いブツブツが、できている。どこかを悪くしているのだろうが、淡々と行動し、日を送っているように見える。ジョーに比べれば、BBの方が、先行きあやしい感じであったのに、こちらはとくに病んだところもなく安定しているふう。頑丈そうでたくましかったジョーのほうが、いまやどうなることかと気になる状況。 そちらに足を向ければ、彼らのことを考えている。食べるものを上げることが中心なのだが、情も移る。愛する存在となっているのである。その彼らの置かれている環境は、次になにが訪れ起きるのか分からないようなもの、ということは言えるのだろう。振り返ってやはり短い期間の間の、さまざまな変化、そうした印象になるようなのだ。護られることなく生き続けなければならない、彼らの宿命。そのきびしさを感じざるを得ない。
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