ジョルジュ・ブラッサンスのこと

若い頃から、名前は知っていたしあるイメージは持っていたけれども、それほど良くは知らないままにきたというのが、実のところ。ただ、そのイメージは記憶の中にしっかりとありつづけたということで、その時間にはまた何かしらあるんだろうと思うけれども。                                         何年か前の年の終わり頃、、映画中心であるけれどもビデオの貸出をやっている市立北図書館から、映画「リラの門 Porte des Lilas」のVHSビデオを借りてきた。そこで見て、そして彼の歌を聴いて、シャンソン歌手Georges Brassensを漸くにして確かめ見た、というようなことになるだろうか。映画の最初の場面が映し出されると共に、彼の歌が聴こえてくる。曲は、Au bois de mon coeur。酒場の一角で、ギターを弾きながら歌う彼の姿が見えてくる。カウンター前に、友達のピエール・ブラッスール演じるジュジュ。客はもう誰もいない時間。誰に聴かせるともなく歌い、弾いているという、自分の世界だけがそこにあるという風情。役名は、アルティスト Artiste。芸術家という名前が合っている風貌見せている。貧しいギター弾き。この映画、繰り返し見ました。返却日になると、また新たに借りる。50回以上は見たのではないだろうか。ブラッスールも好きだったし、ギターつま弾きながらのブラッサンスの歌も聴きたかった。それにフランス語への関心も湧いてきていた。モノクロの映画。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

ブラッサンスは1921年の10月22日、南仏のモンペリエ近くの町で生まれている。この映画は1957年制作のものだから、この当時35、6才。生年を知る前には、40代に入っているのではないかと思っていた。額のあたりの髪は後退気味だったし、感情の変化を表情に見せない、思索家のような精神性を感じさせる雰囲気。映画を通して、ほんの僅かな笑みすら見せない、どこかいかめしくデリケートな内面を感じさせる男を、演じているのか、普段の彼もそれに近いのか、と想わせてしまうような印象。俳優というよりは、詩人であり歌手であるブラッサンスがその地のままに、なんとか演技をしているというところだったのだろうか。俳優であるブラッスールとは、対照的。その彼が歌う、何曲かの曲。これが、ブラッサンスなんだという思いで、こちらは関心をもって聴いていた。

ここにきてビデオで、彼の曲を聴いている。また聴いてみたい、ということからだったのだけれども、最初に聴いたのが、確かLes Passantes 。早いテンポで弾きながら歌っていく彼の曲のイメージとは異なる、抒情的に爪弾かれるギターのメロデーに、心をこめて言葉を区切るように歌いあげられていく、彼の晩年のものと思われるような一曲。1981年の10月29日に60才で亡くなっている彼だから、歌っている彼は50代。この曲に強い印象を覚えて、繰り返して聴きながら、映画「リラの門」の中で歌っていた Au bois de mon coeur、あるいは他のあれこれの曲などを聴いてみた。ブラッサンスという人のイメージに、もう少し膨らむものがでてきたように思う。

                                                                                       彼が作曲をしたのは、およそ250曲。そのうちの50曲は未完成ということのようである。歌うスタイルは、ずっと変わらなかったのではないだろうか。ギターを弾きながらの、力のある強い投げかけをもって歌う半面、どこか内気、内省的なパーソナリティを感じさせもするステージパフォーマンス。そうしたスタイルというのか、本来の姿のままとも思える彼。                                        ある晩年のビデオで、それはステージではなく観客に囲まれながらの、トークも入る仲間たちと一緒の中のもので、そのひとりのリクエストで Les passantes を歌うのであるが、そこではちょっと笑みを見せる場面もあった。どこか抑えられた、控え目に見せているような笑み。印象としては、やっぱり映画の中でのようなArtiste、普段も芸術家風貌のちょっといかめしくとっつきにくいような彼なのではないかな、と思わせる、そんな変わらない彼がいつもいるような印象。もちろん、こちらは、その一端しか知らないわけであるけれども。

                                                                                                    そのLes passantesを聴いていて感じたのだが、南フランス出身の影響濃いというその発音。一語一語区切るように、こちらには口真似のできないような微妙なフランス語発音をされるので、時によっては、ちょっとストレスを感じてしまいかねないところも初めの頃はあった。だが、思いこめて、刻み込むように歌いあげられているということでもある。まさに、ブラッサンスというところであるだろう。同じ曲を1958年生まれのFrancis Cabrelの歌できいて、こちらの滑らかな普通のフランス語の調子、そしてギターを弾きながらの曲に、すっかり魅了されてしまった。こちらに心地良さを感じて繰り返し聴くうち、歌詞にも慣れてきて、またブラッサンスの方を聴くと、今度は彼の方が分かりやすい発音のように感じられるようになってきた。そうしたこともあったりで、双方の歌い方それぞれをたのしめるようになってきている。                                

                                                             

ブラッサンス。やっぱりフランスの生んだ歌手の中では、特別な位置を占めている人のように思える。他とは、非常に異なるその個性。 

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アカデミーコモンからリバティタワーを見る

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どこだろう此処は?  と思えるような眺めあるところかな。白雲なびく駿河台の明大なんですが、時代も変われば、高さも変じてくるもので、見下ろします。かつては無かった高さから。エレベーターは滑るように無音の中、はるか下方へと運んでくれます。当たり前のこと。下方突き抜けて、この惑星の反対側の表面にだって連れて行ってくれるさ。そこで、サンドウィッチでもいただこうかな。ちょっと固めのパンに白い雲の切れでもはさんで。格別な味がするはずだぜ。などということがある? 下を眺めていたら、クラッとして束の間、何処かしらに意識飛んでいた気分。というようなつまらないことにはひっかからないで、ここは思いきって、こちらのコモンからあちらのタワーに、胸すくジャンプをするくらいのことはね。簡単なことよ。突如思い出したけれども、こちら、超人。Sometimes。

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                                                    考えたくはないことだけれども、出掛ける。電車に乗る。都心へと向かう。考えないことはない。突如として、周辺で思わぬことが起きる可能性は、全くないと言える?  まさか、有り得ない。思いつつも、そうしたことがよぎる現実があるのでは? 今は。通り魔。爆発。死者の多数出る事態。                                                サミット開催中の現在、今日など駅のホームにしても、警備の関係者の姿が見えていた。でも、こうしたケースだから、ということに限らない。なにか、いつどこでなにが起こるか分からない、という不安を思う時代に入っているように思える。今日は、お茶の水駅のホームにいた。なんと狭いホームなんだろう。そんな狭ささえも、気になる。                                                

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朝の記憶

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                                                   習慣のように、ではなく、そのものになっているあるパターン。足を向ける場所。いつ果てることもなく、ではなく、いずれは終わること。なんだけれども、いまはそこに足を止める、日々のあるサイクルの中。そう。いつかは、別の風景、あるいは、最早なにも見ることのない場所へと向かうに、ちがいないのだから。すべてが過去のものとなって。そうした運命を、夢のように、と感じる向きは多いのかもしれない。                                             ここにいる今、すでに重なる記憶、多すぎるほど。それがどの時のものか、分けることなどできないほどに。

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クルド人女性のこのような衣装

面白いな、と思えた衣装。大学でトルコ関係の講座を受講しているのだが、5回の講座での4回目がクルドのこと。ビデオなどの教材のない日で、2冊の写真集が40人の受講者に回されることになった。自分の処に回ってきたところで急いでページをめくりつつ、その間にデジカメで、ということだったのだが、他にはこういうことをやった人はいなかったようだ。その中の、一枚。あんまり良く撮れていなくて残念。でも、この衣裳の感じ、伝わることと思います。特徴のある装い方。クルド。あの地域。なにか色んな要素が見てとれそうな感じが伝わってくる。

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欠落ありの風景

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何か事が起きると、それが際立って見えてくる。「欠落」するもの。なにも起きなければ、まあ水面下にどのような模様があろうと、こちらからは見えないのと同様、推測をすることくらいはあるだろうけれども、実態は分からない。究極見えない。でも、完璧なものなどない、個々。人間の世界では、常になにかは欠けているものなんだろう。その欠け具合によっては、ままならなくなるということもあるわけで、そのマイナスエネルギー滾った処で、事が起きると・・・・・・・・。

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Parallel

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交わらない、というのが前提になっているようなんだね。そちらに入りたい、接触したいと願っても、絶対に無理、というご返答。そういう仕立てで、それは出来上がっているんだからね。それを崩したら、そもそもが機能しないわけなんだから、というようなことなんだ。勝手なことを言ってくるものでして。言い訳。相手を近づけないための、体の良い言い訳。そういうものなんだろうけれどもね。でも、そういう姿勢は止して、とりあえずは真ん中に行こうよ。真ん中に。

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Death by hunging 3人

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法務大臣が3人の死刑が執行されたことを、発表。幼児連続殺人、保険金殺人などによる。もうこの者たちはこの世には、生きていない。犯罪を犯してから短い方でも、ほぼ13年程が経過しているこの間に、どのような心の変化を辿ってきた者たちであったのか。幼児連続殺人を犯した45才は、最後まで反省、改心をすることがなかったと聞く。被害者の遺族は、謝罪というような僅かながらの慰めとなるものも与えられないままに、当人に消えていかれたことになる。その人間が、最早この世にはいない、という新しい現実。自身の見えないあちらのさる場所で、加害者が延々と生きつづけている、という状況からの変化。でも、変わることはなにもないのかもしれない。命を奪われた最愛の者が戻らない限りは。

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夢の家

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港の入口へと向かう道路に入るところに立つこの建物。気づかずに通り過ぎてしまう向きもあるだろうけれども、こちらもそうした間がありました。ある時ふいとその様子の特異なことに気づいて、その住まいがどのようになっているのか、非常に興味を抱いてしまったような次第。その住空間ですね。外から見ていると、変わっていて、そこに住むのもたのしそう、面白そう、などという具合になりそうなのだが、想像するに実際には不便なこともありそうな気配。でもこちらは、そこに住むわけではない。で、ちよっとなにか夢を感じる、なにかフィクションの中の住まいめいて・・・・・・というところなんだ。 

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カポーティ「冷血」の途中で通り魔殺人

図書館から予約して借りたT・カポーティの「冷血」。1972年新潮社発行のもの。もう書棚には置かれていない状態にあったとはいえ、もう、ボロボロ。背表紙は半ばはずれ、持つ時に手で支えないと本が手の中で落ち着かないというような具合。借りる時にカウンターで、「普通こういうものは、コーティングしてしっかりさせるものでしよう?」と柔らかく言ったら、応対した女性。曖昧な笑みだけ。そういう応対しかできない立場のようで、こちらもあとは言えず。こういう黄ばんでヨレヨレになった本を、あんまり人前ではひろげたくないところだが、読むためにはそうもいかない。                                                                                                                                                                          

昔からカポーティは、読もうとしたことがない。初期の「遠い部屋・遠い声」を読みかけた記憶があるけれども、その程度のところだったようである。なにかひとつだけでも読もうかと、思ったのが今回のきっかけ。「ティファニーで朝食を」あたりで、良かったのである。ところが図書館にはなさそう。検索結果、借りられそうなのがあってもタイトルを見て、気がひかれない。長いのは避けたかったのだけれども結局、貸出可能状態のものから、「冷血」にしようか、と。長いけれども、まあいいか、と。ちょっと前に某ブログで、これを勧めていた者がいたのである。面白い、興味深い、是非みなさん、読んでください、とちょっと熱っぽいふうに。かつて非常に評判になった本だから、こちらも内容はおおよそ察しがついていたんだけれども。

苦手な長編。すぐに読み終えることができて、それなりの感想を自身のうちでまとめられるタイプのもの、となると短編。それがこちらの好むところなのだが、ともかく、我慢の必要な長さの「冷血」。カポーティのイメージ、さして良い印象はない。長いのとつき合いたいわけではないが、ひとつくらいは彼のものをということでの今回である。この本があれほどに人気になったのは何故なんだろう? 読みながらそちらの方に思いが向く。ペリー、ディック二人の男による、四人の一家殺人。現実に起きた事件。それを作家が本腰を入れて取材に取材を重ねて、仕上げていった小説。読者が抱いた関心、分からなくはない。かつてそれが評判になっていた頃、自身がその小説に抱いたイメージ。見てみたいというのは、あったように思う。そして、現在の自身。犯罪を巡るものに気持を移入できるものがあるかどうか。そこのところに行く。この本に入り込んでいけるかどうかは、ということはあるのだった。

実際の事件に取材したノンフィクション、というよりは立派に小説作品。さすがカポーティ、と思わせる内容になっているんでしょう。綿密に描かれている。各人を巡ること。この事件に関わる人それぞれについて。だが、どうもこの二人の犯罪者に関心が持てない。なにを考え、感じ、行動をし、生き、どこに辿りついたのか、知りたくもない人間のことのように思えてくる。だが読み始めたものは、最後までいきたいという思いあって、犯罪者、犯罪に対する反感のようなものを覚えつつも、読み進める。某ブログでこの本を勧めていた者などからは遙かにかけ離れた、関心の向け方、抱き方になっていたこと明白。

そんなふうに読んでいる時、秋葉原で通り魔殺人。そうして、犯罪者についてあれこれ、言われ始める。強い関心が向けられる。その人間について。その犯罪者を生んだ背景について、諸々。やっぱりこちらは、これも知りたくもないタイプの男、人間と見ている気配。                                                  だからといって、それだけで終わるものでもないんだな。本のことにしてもね・・・・・・・・・。

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いま、こうしてこちらがこの道を行くこの時間に、はるか彼方のさる場所では、別の光るもの手にした謎の個体が、それ、びゅんびゅん振り回して、異常な事態を引き起こしていたりするんだ。謎の個体。突然、眼の前に現われ。あなたを、突き刺してくる。信じられる?  でもこれ、現実。

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ほたる観賞会night

運動公園内、「ほたるの里」でのほたる観賞会。市民野球場前の広場の先の坂道を下りて、ウォーキングコースを左にちょっと行くと、左の斜面がその「ほたるの里」。坂道には毎年、このように提灯が下がり、薄明かりの中、家族連れなど沢山のひとたちが、たのしみに見にやってくる。ところが、今年は一昨日の初日が雨で、中止。昨日は大丈夫だったけれども、今夜もまた雨で中止と、限られた日数の観賞会。残念な状況。とくに週末は良い天候で、にぎわってもらいたいもの。昨夜あたりも、沢山の人が来ていたようであるから。

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紅色散れば

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なんということのない、雨上がりの路面。何となく眼をひかれてしまうのは、ほんのいくつかの紅色がそこに加わるだけで変わる、その場の印象による。他の色の葉とのコントラストが生まれ、ちょっと風情ある組み合わせを、こちらに思わせる。カメラなど持っていれば足を止めて、撮ってみようかな、となったりなど。

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アカデミーコモン11階のスペクトル

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                                                    何十年振りかでやってきてみれば、屹り立つものなど見えなかった場所に、見上げるような建物。その中のエレベーターを上がる。                              むかし、記念館がこの大学の象徴のような建物だった頃、そのドーム屋根のすぐ下が交響楽団の部室で、そこまでの内を回る階段を上がり降りしたものだった。記念館のステージでのリハーサルもあったけれども・・・・・・・。人も、その音も、当時のままに甦る。時間が過ぎた、などとは思えないほど。

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医療センター裏の畑地

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市立医療センター裏の坂道を上がると、一帯が畑地。勝手にこちらが空の色まで変えてしまったけれども、これが、その風景。中央辺りを、あるいは側面を通る道をウォーキング時に歩いて行く。街の中にこうした風景のあるしあわせ、居心地の良さを感じる時間でもありますね。街の中。畑地も田もあるこの辺りを街と言うのが適当かどうか、それは分からないけれども、ともかく内側になる。向こうには街。近接。隣接。                                                                                                              ウォーキング時とはいえ、こちらを通るのは時たま。医療センターは少し低い位置。でも階数の多い建物だから、行きながら振り向くと3階あたりから上の明かりが見える。4階、5階。それぞれがどのような階で、どのような人たちがそこにいるのか分からない。でも、体のどこかを悪くしてそこに入院している人たちのいる場所。不安や痛みのある空間を、感じる。人と出会うことはまずない、土そして草の生えた道を、運動の速度で。                                                                                                                           

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安藤鶴夫さんの随筆「禁煙について」のこと

今はもう煙草を吸わないけれども、自分が最も煙草を吸っていた頃、煙草なしではいられないと思えた頃にしても、一日の本数、20本入りを二箱程度だったような気がする。それでは足りずにもう少し吸ったことが稀にあったのかもしれないが、大体、その程度。それでもよく吸っていたという印象が今に残っている。だから、一日に100本を越えようかという本数を言われると、どのようにしたらそれほどの数を吸えるのか、現実的に考えられない思いがする。                                              

安藤鶴夫さんは、その随筆「禁煙について」(1964)の中で、旧制中学の15の時から吸い始めて、これを書いた2年ほど前に最後の禁煙を始めた前辺りが、40年近くの間の最も多い喫煙量になっていたと書いている。その量が一日100本余。買っておく10本入りのホープの10箱は一日にして消え、ホープに麻痺した口を治すためのメンソールのセーラムも、それに加わる。どのようなペースで吸いつづけるものなのか、中毒と言うしかなさそうな喫煙量だから、その理由など改めて想像してみるまでもなさそうながら、考えてみたくもなる。

それを、彼は止める。不可能と思えるようなことを実現してしまう。理由は、健康のため。それもただ健康のためというようなものではなく、そこまで行かざるを得ないような究極必要なことのため、と言った方が良いのだろうと思う。糖尿病の他に、高血圧。それも高い方が異常に低く、低い方が異常に高いという悪い型。煙草の害を、信頼する若い山本先生にいつ指摘されるか気がかりだった彼にある日、先生は一日20本にできないかと言う。安藤さんは、出来ないと答える。

そんな中途半端な数は、いやなのである。とことん吸うか、ゼロにするかの選択しかしたくない。それではお止めなさいと言われる。そこで、その時持っていた煙草をその場で捨てる。気持を決めるのである。                                       それが最後の禁煙の始まり。ということであるのだが、私が彼の禁煙のことに絡んで関心を抱くのは、彼の心にあるもの。それは禁煙ということに限らない、もっと深いところにある意味合いに通じていることのように思えるからなんだろう。

彼の、医師山本先生に対する絶対の信頼。「信じるひとのひとことで、止められたのである」、と言っている。そこには彼その人ならではのものもあるのだろうと思う。その心の動き。自身、同じように医者に行っている身でいて、これまで医師に何を言われようとその医師の言葉であるからと、本当に必要なことをやろうとしたことはない。絶対の信頼を抱いている医師がいないこともあるけれども、例えいたとしても、その信頼を気持の支えに、自分をどこまでも律していくことなど考えられないと思っている。

「さてそこで、あなたにそんなひとがいるかいないか、ということになる」、と最後に彼は言っている。こめられている思いは、強いのである。あなたにそんなひとはいるか? 自分にはいる。そう誇らしげに言っているかのようなその言葉には、ある信仰に帰依する者に似たような強い思いが感じられて、印象に残る。そこまで思いがいくものなのかな、と思わせるほどのもの。それほどまでに信頼された医師もしあわせであるけれども、彼の言葉には、色々と思ってみたくなるものがある。

                                                                                        

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十人十色。ということは、見方は、さまざまということ。その中の、あなたは一つの色、ということであるけれども、でもその内には別の色もあるかもしれない。もちろん、別のひとつの色だけでないかもしれない。そうした別の色をもって、別の角度から今まで殆ど無意識のうちにやりつづけてきたことを、ちょっと見直してみるのはどうだろうか。というようなことを実は、あなたに、ではなく自身に対して。柔軟性にも、物を考える力にも欠けるこちらの方に、改めて。

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「模範生だから」と書いた安藤鶴夫さん

安藤鶴夫さん。1908年、明治41年の生まれ。1969年に亡くなられているのだけれども、4、5年前に1967年の初めに発行された随筆集「百花園にて」を読むまでは、直木賞作家であることなど名前を知る程度で、著書に触れたことはなかった。                                      図書館から借りた「百花園にて」。その中の随筆のひとつをまた読みたくなって、今また借りている。もちろん、そのひとつだけではなく他のものも面白く読んでいるけれども、とくに読みたくなったそのひとつというのが、「わがトーニョー記」。糖尿ではなくカタカナ書きにしているところには、なにかしらの思いもありそうなのだが、その最後の一行が、                             

「たぶん、わたしが、山本先生の模範生だからだと思っている。」

その言葉が、彼のことを思う時の私の印象に強くある。医師の指示通りに治療に励む模範生。そのように思っていた彼がしかし、その3年半余りのちには、亡くなっていること。まだ60才。そうしたことに、なにかものがなしい思いにさせられるところがあるようである。健康でありたいという願い。それに対して、彼は意志強く、自身が成すべきことをやっていたことがその言葉に見えるから。初めからそうであったというわけではないとしても、そこに至った先にはずっと、これを書いたのちにも正しく配慮をしつづけたにちがいないから。 そこに関心がいってしまうのも、自身も同じ糖尿病で意志の弱さを、はるか以前から変わりなく感じつづけているからでもある。                   この「わがトーニョー記」を読めば、発症の要因も、それからの経緯も分かるのであるが、「模範生」と自認できるまで頑張った彼、それでもそれから数年後には少し早すぎる年齢で亡くならなければならなかった切なさのようなものが、思われてしまう。生きていたその人の日々に、思いを馳せてしまう。

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消防隊員/ 壁、もう前には進めない

いつも通る市の中央消防署の分署前。昼の時間、あたりに響く隊員の訓練の声。消防車、救急車、合わせて八台分ほどの車庫の上の空間にはロープが左右に張られ、下掲の画像のように隊員たちが、手でロープを伝いながら左から右方向、また逆方向へと渡るのである。その時には、鍛えられた腕力が必要になるだろう。声を上げながら、必死で可能な限りのスピードをだして、渡りきろうとする。3階あたりの高さになるのだろうか。                             右サイドには事務所のある建物。左サイド、つまりは車庫の左側はコンクリートの高い壁。その壁もまた、隊員たちの伝い上がっていく訓練のためのもの。それら左右の壁や建物の間の高い位置に渡されているのが、そのロープ。通りがかり、下から見上げる者にレインジャー部隊の訓練をイメージさせたりなどする、その隊員たちの姿。励まし、叱咤するような声が飛び交う。                                        さすが鍛えられていると思わせる動きを見せて、いつ見ても左から右、右から左へと隊員たちは懸命にロープを伝って前進していく。力萎えて進めなくなる姿を見ることなど考えられないのである。                                            ところが昨日の昼近く、通りがかりに見上げた時、なにかいつもとちがうことがそこで起きていることが分かったのである。右方向へと向かっている隊員が、ゴールになる端まで5メートル位手前で、動けなくなっているのだ。どうしてそのような状況になってしまったのかは分らない。連続して往復するような訓練をすればあるいは、完全にバテてしまう者がでることも考えられる。そうでもなければ、そのように動けなくなるというのは考えられないように、見ていて思えたのだが。ともかくその隊員は力尽きたように手はロープを掴みながらも、両脚にはロープに絡める力がないように垂れ下がらせたりなどしている。端にいる隊員たちは、なんとか奮い立たせようと声をかけているのだ。その声を受けて1センチでも前に進もうとするかのように懸命にロープにかけた手に力をこめて体を前に運ぼうとするのだが、もう全く、その1センチでさえ進めないという様子。でも、端に辿りつかない限りは終わらない。止むを得ない、助けてあげるとするか、となる気配は全くない。当人が死にもの狂いで最後までやりとげるしかないのである。                                          どうなることかと、こちらは立ち止まったまま成り行きを見ていた。二十代という年格好の隊員のように思えた。動けないでいる間にも、少しは力を蓄えることができたのか、そのうちには無い力を振り絞るようにして前進。だが、2メートル位に近づいてもうすぐに終わり、という所に辿りつきながら、もうどうにもならないほどに力を使い果たしたふうに動けなくなっている。待つ隊員たちの、励まし叱咤する声もまた、懸命。あたりに響き渡るのである。こちらも、そうした隊員の力尽きたような姿を見るのは初めて。今は四月、訓練を始めて間もない隊員だったのだろうか。彼は、明らかに限界にあった。もう動けなかった。力を使い果たしていた。だが、声をかけはするが誰も手を貸すことはなく、当人が自身の力で端に辿りつくまで、終わることはないのだった。

こちらの画像は以前に撮った同じ分署でのもの

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なにかしらぶら下げてcornerを

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順番に通り過ぎていくんだね。なにかしら、見えるようで見えないものをぶら下げて。今日は、2008年4月22日火曜日。あるひとには、忘れ難いできごとの起きた日かもしれない。こちらにとっては、じきに忘れ去られてしまうような日・・・・・・・。

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人が良い色に染まって欲しい

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非常に人気があったという前の前のK首相、こちらは支持したことがない。個人的には、嫌っていたタイプ。そのあとも、今も好まないタイプ。今のF首相は、余計に訳が分からない。あくまでも個人的な印象。見方ですけれどもね。そうしたのが、この国のトップで、人の姿に希望も明るさも見られない。どうにかして欲しいと願いつつも、どうにかなるとも思えない現況。絵に描いた餅のようなものと分かっても、理想のリーダー、世の中を求めずにはいられない、こちら。

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自民二世議員半数以上という国

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それが、与党の国。一方では生活苦に一層追い立てらるひとびとが増えて行こうという状況。こういう国になってきているのです。そんなことがあって良いもの?  信じがたい。それが国民の選択の結果だなどというのは。なにかがおかしい。なにかがおかしい。・・・・・なにかがおかしい。ひじょうに劣等、と思われる匂いがふんぷんとする。

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宇宙風エリア

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石を投げる。固くて重さのあるそれが、飛びこんでいく場所。落下場。それは空中にはありませんね。バタバタバタ、というような音もしない。たいていは、予測がついてしまう。早いか、遅いか、遠いか、かなり近くか。石などは空気ほどにも感じない場所か、ひどいダメージを与えてしまう所。諸々。この「宇宙風エリア」にも、試しに?                                      いやいや。石のことなどはどうでもいい。平和のことにしましょうか。人類の希求するもの。なのだが、限りなく不安なことに、完璧な平穏、平和状態があるとするなら、人はそれに耐えられるのだろうか、云々。刺激を求めて、争い出すあれらの、影見えて・・・・・・・・。この地上に求められるのは、どのような平和であるんでしょうか? 石が常に落ちていくもののように、現状が変わることは決してない? となると人類の根気がどこまでつづくのか、というようなことまでも想像したくなるのです。 

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今日はこのようなもので

差し上げたい、届けたいなと思うようなものをその美しさ、感じさせてくれる。誰に?  というその先には、地上のすべての人の顔が浮かんで、などということは言わないけれども、たいていのひとの心にはやさしいものがあるね。花を見て感じるような心。変わりなくあるものだと思うね。

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