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2009年2月の投稿

掘らずに見出す愉しみのこと

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だから、あちらになんか行かないで、ここで、ここ、この場所で、あちらと同じ、いやいやそれ以上の味わい深いものをせしめるために、ベストのものを投げ、ベストのものを受け止める、というあらぬ期待、あらぬ夢、いやいや、当然可能なそのことを、やろうという訳・・・・・・・・、とそこ行くアインシュタインらしき顔仮面を着けたPERSONが、のたまう。

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ウォーキングの道

街の中とはいえこの辺り、住まいから7、8分も歩けば、田畑の広がる方面にも行けるということで、目下のところ私のウォーキングは、そちらエリア。大体、夜の7時前後のスタートということになりますので、その辺り一帯は、暗い。そうして、はるか遠く彼方に街の白や赤、青などの灯が横に帯となって並び、なかなかに素敵な夜景。で、歩く道は画像のような田の間の、道の真ん中は草ボーボーというような所だったりしまして。農家の軽トラが作る溝が左右にできていて、歩きやすい場所を定めないといけない。真ん中の草叢も悪くはないし、車輪の作った溝も、土が出ているから固くて歩き易くはある。というような具合なんですが、総じて一帯の私のウォーキングするコースは土の道ですから、雨の後などは泥濘でどうにもならない場所などもあるのです。行きかけて、引き返す。別の道を行く、ということになります。                    人にも会わない。たまに車が通る。晴れた日などは、巻き上げていく土埃が大変な所などもあって、それはコンクリートの路に慣れた感覚には、考えられない状況。大体、一時間ほど、腕を振り速歩の態勢でやっておりますね。広い一帯田畑なので、見える空の範囲が、街中とは全く異なる。夜感じる、その夜空の広大さ。星。なかなかに良いもので。                                                                      

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杭の画像、もう一点

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最終講義・早稲田・佐佐木教授

                                                                                           今の時期、各大学などでは、定年退職される教授方の最終講義が行われたか、行われるかしていることでしようね。先日ネットを通じて、昨年5月から7月にかけて明治大学のリバティアカデミーで講座を受講した時の教授の、最終講義が行われることを知り、そういう年齢になられていたのかという意外な思いと共に、長年教えていた場を去るというのはどんな心境、感慨を覚えるものであるんだろうということ、思ったりなどしたのである。そうしたことのあったあと、先週の初めだったか、昨年の12月にOpen collegeに入会した早稲田大学のホームページを見ていて眼にしたのが、定年教員の最終講義の知らせ。各教授の講義の中で関心を覚えたのが、佐佐木幸綱教授のもの。一般の人も受講可能という、開かれた形での最終講義ということでした。                                                                                                                      

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和歌の方面に関心があったというわけではないのだが、たまたまその関係のものを読んだりしていたところだったのである。そのきっかけというのが、昨年の12月に早稲田のQpen collegeにやってきたさい、通りの古書店の店先で眼にした大岡信の著書。買うことにして、読んでいるうちに出てきたのが、連詩のこと。海外の詩人たちとも試みている。そうした活動にも触れて書いているのだけれども、元を辿れば、それは日本中世の連歌からの発想、表現行為。そんなことから、そういえば1996年に3年次編入で入って2年後に卒業した放送大学で、「中世の日本文学」という科目を履修したっけ。それを思い起こして、テキストをとりだして読みだした。当然、連歌、宗祇のことなども改めて記憶にとどめるような形になったわけだけれども、次のこととして、中でひとりだけ目下のところ最も関心の向くひとのことについて、もうちょっと知ってみよう。ということから、西行を選ぶことにしたのである。早稲田大学の最終講義のことを知ったのは、ちようどそうした状態の時。

申し訳ありません、と言うべきか。私、歌人佐佐木幸綱氏について、全く知りませんでした。サイトでお名前を拝見して、一目瞭然の佐佐木信綱につながるお名前。ああ、教授をしておられたんだ、と初めて知った次第。タイトル「早稲田・歌・二十五年」。その外見を想像してみたりもしながら、ともかくどのようなことを話されるのか、ひじょうに関心を覚えました。最後の講義、どのような思いをもってされるんだろうか。人生の中、70才という年齢で、その教授としての仕事の場を去るというのは、どのような感慨をともなうものなんだろう、などということも思い。当日は、始まる10分ちょっと前に政経学部の教室に。既に満席。こちらの腰をおろせる席などなし。後方、教室の角あたりに立っての受講。                                                                       登場された教授のお姿を拝見しての印象。バランスのとれた外見、温和、柔らかな雰囲気をもった紳士。若い時代、スポーツにも打ちこんだということです。そんな背景も身体的な部分にイメージなどしつつの、拝見。さまざまな短歌の賞を受賞され、日本芸術院の会員でもある人。でも、そうしたなにか、得ているものを外に見せつけようとするような感じは、与えない。そういうタイプの方ではない。謙虚で屈託のない、とても魅力的なお人柄、そうした印象でしたね。

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                                                        お話されたことの中身。それは講義のタイトルからおおよそ察せられると思われるようなことになるわけですが、普段学生たちを前に講義のさいに話されることのなかったようなこと。最後の講義ということでありましたから、教授もそれを言われつつ、話されていましたね。1938年のお生まれで、1959年に早稲田に入っている、ということなんですが、他大学の附属高校からその大学に入り、それから浪人を経験して早稲田に入っている。その浪人時の後半、体がなまるのは良くないとボクシングジムに通っていたという話とか。早稲田文学の編集に関わる先輩たちとのエピソードとか、それはさまざまに。ともかく教授は、文学部ではなく政経学部の所属だったということで、普段の講義で話す内容、傾向も文学部の学生向けではなかったということもあったようで。                        最後には、むろん花束の贈呈など。さわやかに終わりましたね。自身にとって、最終講義というようなそうした場、初めての経験で、記憶に残るものとなりそうです。                                                                                                                                                                      

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