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2008年5月の投稿

アカデミーコモン11階のスペクトル

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                                                    何十年振りかでやってきてみれば、屹り立つものなど見えなかった場所に、見上げるような建物。その中のエレベーターを上がる。                              むかし、記念館がこの大学の象徴のような建物だった頃、そのドーム屋根のすぐ下が交響楽団の部室で、そこまでの内を回る階段を上がり降りしたものだった。記念館のステージでのリハーサルもあったけれども・・・・・・・。人も、その音も、当時のままに甦る。時間が過ぎた、などとは思えないほど。

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医療センター裏の畑地

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市立医療センター裏の坂道を上がると、一帯が畑地。勝手にこちらが空の色まで変えてしまったけれども、これが、その風景。中央辺りを、あるいは側面を通る道をウォーキング時に歩いて行く。街の中にこうした風景のあるしあわせ、居心地の良さを感じる時間でもありますね。街の中。畑地も田もあるこの辺りを街と言うのが適当かどうか、それは分からないけれども、ともかく内側になる。向こうには街。近接。隣接。                                                                                                              ウォーキング時とはいえ、こちらを通るのは時たま。医療センターは少し低い位置。でも階数の多い建物だから、行きながら振り向くと3階あたりから上の明かりが見える。4階、5階。それぞれがどのような階で、どのような人たちがそこにいるのか分からない。でも、体のどこかを悪くしてそこに入院している人たちのいる場所。不安や痛みのある空間を、感じる。人と出会うことはまずない、土そして草の生えた道を、運動の速度で。                                                                                                                           

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公園一夜にして湖 20 May 2008

船橋長津川公園、午後の画像。既に水がかなり引いている状態であるけれども、この様子。朝方は、風だけは強かったが雨は終えていた。公園、完全に水に埋没。さながら、湖。一角にある池、そこには魚が沢山いたのだけれども、どのようになったことか。水が引いた時に、池から離れた状態で。                                          昨夜の雨は音を聞いて分かっていたが、これほどの雨量になっていたとは知らなかった。公園がこのような模様になっているのは、見たこともない。

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安藤鶴夫さんの随筆「禁煙について」のこと

今はもう煙草を吸わないけれども、自分が最も煙草を吸っていた頃、煙草なしではいられないと思えた頃にしても、一日の本数、20本入りを二箱程度だったような気がする。それでは足りずにもう少し吸ったことが稀にあったのかもしれないが、大体、その程度。それでもよく吸っていたという印象が今に残っている。だから、一日に100本を越えようかという本数を言われると、どのようにしたらそれほどの数を吸えるのか、現実的に考えられない思いがする。                                              

安藤鶴夫さんは、その随筆「禁煙について」(1964)の中で、旧制中学の15の時から吸い始めて、これを書いた2年ほど前に最後の禁煙を始めた前辺りが、40年近くの間の最も多い喫煙量になっていたと書いている。その量が一日100本余。買っておく10本入りのホープの10箱は一日にして消え、ホープに麻痺した口を治すためのメンソールのセーラムも、それに加わる。どのようなペースで吸いつづけるものなのか、中毒と言うしかなさそうな喫煙量だから、その理由など改めて想像してみるまでもなさそうながら、考えてみたくもなる。

それを、彼は止める。不可能と思えるようなことを実現してしまう。理由は、健康のため。それもただ健康のためというようなものではなく、そこまで行かざるを得ないような究極必要なことのため、と言った方が良いのだろうと思う。糖尿病の他に、高血圧。それも高い方が異常に低く、低い方が異常に高いという悪い型。煙草の害を、信頼する若い山本先生にいつ指摘されるか気がかりだった彼にある日、先生は一日20本にできないかと言う。安藤さんは、出来ないと答える。

そんな中途半端な数は、いやなのである。とことん吸うか、ゼロにするかの選択しかしたくない。それではお止めなさいと言われる。そこで、その時持っていた煙草をその場で捨てる。気持を決めるのである。                                       それが最後の禁煙の始まり。ということであるのだが、私が彼の禁煙のことに絡んで関心を抱くのは、彼の心にあるもの。それは禁煙ということに限らない、もっと深いところにある意味合いに通じていることのように思えるからなんだろう。

彼の、医師山本先生に対する絶対の信頼。「信じるひとのひとことで、止められたのである」、と言っている。そこには彼その人ならではのものもあるのだろうと思う。その心の動き。自身、同じように医者に行っている身でいて、これまで医師に何を言われようとその医師の言葉であるからと、本当に必要なことをやろうとしたことはない。絶対の信頼を抱いている医師がいないこともあるけれども、例えいたとしても、その信頼を気持の支えに、自分をどこまでも律していくことなど考えられないと思っている。

「さてそこで、あなたにそんなひとがいるかいないか、ということになる」、と最後に彼は言っている。こめられている思いは、強いのである。あなたにそんなひとはいるか? 自分にはいる。そう誇らしげに言っているかのようなその言葉には、ある信仰に帰依する者に似たような強い思いが感じられて、印象に残る。そこまで思いがいくものなのかな、と思わせるほどのもの。それほどまでに信頼された医師もしあわせであるけれども、彼の言葉には、色々と思ってみたくなるものがある。

                                                                                        

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ロコモーション

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move to 別エリア

十人十色。ということは、見方は、さまざまということ。その中の、あなたは一つの色、ということであるけれども、でもその内には別の色もあるかもしれない。もちろん、別のひとつの色だけでないかもしれない。そうした別の色をもって、別の角度から今まで殆ど無意識のうちにやりつづけてきたことを、ちょっと見直してみるのはどうだろうか。というようなことを実は、あなたに、ではなく自身に対して。柔軟性にも、物を考える力にも欠けるこちらの方に、改めて。

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