無花果2007
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そろそろ帰ろうかな、日暮れも近くなっているからと思いながら、どこかで追いつづけているものがある。それは、あるひとのことだったりする。そのひとの気持だったりする。その向きを読むことだったりする。どこまで追っても終わりのないもの、確定できるところには行き着くことないのを感じつつ。あるいはまだまだ旅の終りまでは間があると思っている、現在の位置に対する感覚のようなものだったりする。終わりは確実に来るものだし、それまでの長さも簡単に見ることができる程度のものなのに、漠然としか見ようとしないところに立っている。そんな姿を見て、止むを得ないだろう? などと呟いている様子。そこを歩いている自分のような人、いや絶対に自分である人の中で、何故か平均的に充足感があるような流れを感じつつ、追っているらしいんだね。その時には、そのあたりのことを。
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昨日8月12日は、新潟でお墓参り。いつも母の実家である従姉の家にひとまず腰を落着けてから近くの墓地にでかけていきます。昨日も猛暑を感じる午後の時間帯に出かけて、もう汗ダラダラ。でも、それがいつもの夏の盛りの中のもので、流れる汗もそういう感覚で良いものに感じていましたね。 今年は、従姉の横須賀に住んでいる下の妹の次女という女性が泊っていて、初めて会いました。華奢な感じながらやさしげな、そしてとても明るくのびやかな感じの人でしたが、話をきいてみると、彼女は赤の自動二輪車でひとり、東北地方を旅して回ってきたのだというのです。仙台の七夕、青森のねぶた祭りなどを見ながら。ねぶた祭りでは、祭りの衣装になって参加してきているのです。歯科の技工士になるとかで、旅をしながらその方の課題にも取り組んでいるという、なかなか行動力のある、人間としてもスマートな印象を覚える女性でしたね。魅力的でした。
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昨秋からのつき合いの彼ら。その彼らの当時、そして現在のことを思う。10カ月ほどが過ぎているだけである。それを10カ月も過ぎていると、それを長い期間と見ることもできる? いや、それはやはりさして長い時間の経過ではないでしょう。とこのようなことに思いを向けてしまうのは、この間に、彼らに大きな変化があったからである。いくつか季節が過ぎただけなのに、もうこのような変化が、とこちらなどは思わずにはいられないからである。 先ず当ブログの5月3日「Mary、本を見る」、5月24日「Mary、aloneつづき」などに登場していたMary。冬の頃は、まだ子猫より少しだけ成長したばかりのところだった子。動きが素早かった。こちらの口笛をきくと、コース脇の藪の斜面を突っ切るようにして駆け降りてきたものである。夜の時間など一緒にいると、芝生の上で陰と戯れたり、そばの木に駆け上って行ったりるともかく敏捷、若さいっぱい、いつもこちらが口笛などで合図をすると、どこからともなくしなやかな動きを見せて、やってきたもの。 そんなMaryが、7月4日のそばにジョーもいた雨の夜。広場奥側の屋根の下、様子がおかしくなっていた。BB、ジョーなどとちがって小食の方なのだが、前にフードを置いても何の反応を示さない。体に触れても、いつもならなにか反応があるのに、元気なく反応しない。明らかにいつもとちがう。いつも、元気いっぱいな子に、なにがあったのか分からないが明らかな異変。ほぼ毎日会い続け、見つづけてきたMaryを、その夜以降見ていない。 その辺りを離れるとも思えない。とすれば、考えられるのはひとつだけである。 BB。陽のジョーとすると、こちらは陰。白黒の雄猫だが、おとなしく、控え目。2月から3月の頃だったか、骨折したもののように右前足を使えなくなっていた。ぶらりと上げたまま不自由そうに歩いていた。そんな足でこちらの呼びかけに藪の斜面を、時間をかけて下りてきていた。それが癒えて四本足で歩けるようになったかと思ったら、今度は、他のどこかのネコにやられたものか、全身無残なほどの傷だらけになり、更にはそのあと右の眼をやられて傷でふさがれて見えなくなるというひどさ。散々な目に合ったのだった。それでも、私は自分にできるのはその程度のことと、できるだけ彼には沢山食べさせるように心がけたもので、そのかたちはいまもつづいている。 そして、ジョー。最初から、ウォーキングコースを一緒になって一周してくれるという、愛犬のように慣れた特別な性格を感じさせる子だった。たくましい首。小型の虎みたいな風貌。こちらが戻ろうとする時など、どこまでもついて来ようとする、そうした他とはちがう性格、行動性は、ジョーならではと、やはり思わせる。そのたくましい彼が2週間程前だったか、最初それがジョーとは分からないような変わりようを見せて、現われた。眼のあたりにヤニを溜め、全体の感じがなにかそれまでのジョーとちがう。明らかに、どこかを悪くしているという感じ。犬の散歩をしている人が近くにいたので、人の姿のないところで食べるものをあげようと広場の芝生に入っていくと、呼ばなくてもこちらのあとをついてくる。その行動だけ見ても、ジョーだと分かった。眼のヤニなどのせいで、それほどに分からなかったのだ。今も、ジョーの眼はそんなふう。背の首側の皮膚にできもののあとのような固いブツブツが、できている。どこかを悪くしているのだろうが、淡々と行動し、日を送っているように見える。ジョーに比べれば、BBの方が、先行きあやしい感じであったのに、こちらはとくに病んだところもなく安定しているふう。頑丈そうでたくましかったジョーのほうが、いまやどうなることかと気になる状況。 そちらに足を向ければ、彼らのことを考えている。食べるものを上げることが中心なのだが、情も移る。愛する存在となっているのである。その彼らの置かれている環境は、次になにが訪れ起きるのか分からないようなもの、ということは言えるのだろう。振り返ってやはり短い期間の間の、さまざまな変化、そうした印象になるようなのだ。護られることなく生き続けなければならない、彼らの宿命。そのきびしさを感じざるを得ない。
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