border/tan-tan is the key word
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また今年もじきにowariとなるのですが、どうでしょうか? 次の年に行くことに賛成? 反対ならば引き返して、また今年をやり直していただきたいと言いたそうなのがそこに控えておりますが、残念ながら行きたくても、次の年には行けないあちらの世界に旅立たれた方々のことなども思いつつ、また時なる絨毯の敷かれた通路を、あそこの09から10に移り変わりの地点まで、もうちょっとばかりwalk。もちろんrun、あるいはfly。ご随意に。こちらは、たぶん・・・・・・・・・・rolling。
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Erich Fromm , 1900~1980 。ある本で彼に触れた部分を今日ちょっと読んで、ふううむ・・・・・と。敬虔なユダヤ教徒の家庭に育つ。苛立ちやすい父親と、うつっぽい母親の間に生まれた、一人息子。・・・・・・26才の時に精神分析を受けた後に、ユダヤ教を放棄。精神分析を受けた後に・・・・・・・・・。ふううむ。・・・・・・・1941年、著書「自由からの逃走」。
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住まいから歩いて2分。この樹が育ち始めた頃のこの近辺、どのような様子であったんだろうな? 想像する。すぐ左は、中のガランと広い鉄工所。右サイドにスーパー。道路向こうは、マクドナルド。
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じれったい、と感じるほどに、分からないものは、分からない。見えないものは見えない。あらぬ限りの想像をしてみたところでね。その向こうの模様は、謎。むろん、ひとはそれを不快に感じる。見たい、知りたい、その欲求、充たされないことにはね。Aaaaaaaaaaa。
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季節によっては、紫陽花、そしてまたツツジ。いっぱいに咲くここ、運動公園内の花木園。夜になると走りに行くこのエリア。ついでに、辺りのcatsにも会いに行く。口笛を吹くと、辺りの沢からゴソゴソ枯葉を踏む音がきこえたりなどして出現を知らせ、そのあとこちらの後についてくる。この時には、この茶の毛のBicが現われて、一緒に花木園のベンチのところに行ったのだ。もう、2年くらいのつきあいになりますか。まだ小さい頃からですから。最初の頃は、母猫とたいていはいたんですけれどもね。ベンチの前にいたのが、後ろの方に回ったのでどうしているのかな、とその方を見たら、いつのまにかトラ毛の子が現われて、この模様。親愛表現の仕草。このトラ毛の子。ちょっと前までは、まだ子猫に近かったんだけれども、成長中。 ところで、この二匹、外見は異なるけれども、母親は同じ。
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なになにランキングとか。色々とあります。でも、こちらなどはね、むろんいかなるランキングとも無関係、という身であったはずでして。例えば、こうしたブログならば、アクセスランキング、とか。あるわけだけれども、縁あるわけもない。アクセスの多いブログをやっているわけでもないしね。初めから、考えてもいない。 そうであったはずなんだけれども、どういうわけかやっているブログのひとつが、カテゴリー別、というもののランキングの1位になるということが起きてしまったわけなんです。考えたこともなかっことであるので、ランキングの一番上にブログタイトルがあるのを見て、とても妙な思いがしたものでしたねえ。
そのランキングについて知ったのは、全くの偶然。何カ月も更新をしていなかったそのブログ。それでもアクセスの状況などは時たま見たりなどしていたわけなんですが、おかしいなと感じることがあったわけです。更新していないにも関わらず、その時によってはこちらの考える以上のアクセス数を見たりなどする。むろん非常に小さな数のこともあったわけなんだけれども、むしろその方が自然に思えたし、いずれゼロになることもあるのではないかと考えたりしていたわけです。ところがまた多い数になる。そうなると、これはこちらの知らないどこかにブログ情報を示してくれているサイトがあるからではないか。そのように思ってしまうわけですね。
9月の中頃のことでした。初めてそのランキングサイトを知ったのは。こちらのブログがカテゴリー別の182位にあるのを発見。これだったのか、という思いだったですねえ。いつの頃からそのサイトにあったものか。それから更新を心掛けることにして、そのランキングの推移をそれとなく追ってみることにしたわけなんですが、150位前後あたりに数日。それから確か一気に40位台に移り、23位、12位、6位とか、一日ごとに順位が上がって日を置かないで、ついにはトップに。それで以降、一か月近くも1位のままだったんですねえ。内容のあるアクセスランキングか否か、ということになるとそこのところは、なんとも。
ただともかく、ちょっと面白みのあるランキングであることは言えそうなものではあると思います。2007年の2月の終わりころから使い始めたWIindowsVistaの具合が悪くなって思うような作業が出来なくなったことに呼応するかのように、1位から転落。落下も早くて一気に15、6位あたりまで落ちたのではなかったでしょうかね。ずっと1位にあったのが、その有様。アクセス数などはさして変わらなかったように思うのだけれども、陰転の動きそのもの。ちょっとしたたのしみ程度に見ていただけのランキング。それがそのような状況になってしまうと、なにか面白くない。
ランキングなど、どうでも良いではないか、というのが本来の自身の感覚であったはずなのだが、どうも下位に落ちてしまってみると、そのことが気に入らない。そのままにしておけないような気持ちになってくる。そうしたことがあって、そしてPCもWindows7に変えて1週間ほどを経てだったか、また1位に戻すことができたというわけなんですけれどもね。またトップのままにいきそうな気配ではありながら、なんなんでしょうかねえ、どうもそこから動きたくないという気持ちが強いようなのです。どうでも良いことのように思いつつもね。
それにしても、総合ランキングでは、中田英寿やオリラジ、デーモン小暮、他多々。それより上に行っていることがあったりでね。面白いんだなあ、そのランキング。
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道路から下方に見える、その釣り堀。一帯は緑の中で、そうした場所としては広さも充分にありそうだし、のどかな空気の中でやれそうなところだな、というような印象をもって通りがかり、いつもは見下ろしているだけだったが、今日は、下りて様子を見てみることに。坂の下、一端に柿の木があって、ちょうど食べ頃の大きな実が枝に沢山。そして、下に落ちていたりなどするのである。柔らかな草むらなどに。その実の感じからして、枝にあるのと変わりのない色の、少しの傷みもなさそうなのもある。よって、3個ほど、手に取ることにする。 日曜日のせいで、客も多かったのだが、堀も広く水の緑も印象的で、ゆったりとした雰囲気。その広さからか、人の多さが目立たない感じもあり、また大きな声を上げる者もなく、ゆったりと穏やかな時間をそれぞれに過ごしている模様でありましたね。少しの間の拝見だったけれども、釣りあげる場面は見ませんでしたねえ。私は魚たちに、「釣りあげられるなよ」、と密かに言ってきたんですが・・・・・・・ね。
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爬虫類。飼ったりなどしている人からすれば身近な愛情覚える存在ということにもなるのだろうけれども、そのようなことでもないとなんだか気持が悪いような、避けて通りたいような生きもの。というあたりのことになるのかな、普通には。20年以上前のことになるけれども、住んでいた家に10センチちょっとの白っぽいトカゲが時たま現われて、住んでいる一員のような感覚をおぼえ、可愛さを感じた記憶がある。別に害になることをするわけではない。部屋の端の一角でじっとしていたり、チョロチョロと歩いているだけのこと。現われないと、姿を見たくなったりなどした。 この窓の外に現れたトカゲ殿。見るのは、二度目位ですか。じっとしていたのが、こちらからカメラを近づけると動き出す。反応を見せるんですねえ。12、3センチ。こうして窓に当てている足などを見ると、可愛い感じもする。でも、部屋の中には現われて欲しくないタイプかな。
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ほんとうは彼女も、別のbestの姿を見せたかったのかもしれないね。予期しない時に、突然そちらが現われたりするものだから、致し方なくこのように不本意な姿を見せることになってしまい・・・・・・などと思ったりもするのだろうが、どれが魅力であるのか、人の見方はさまざまでね。その様子もまた良い、と見る向きもあったりするわけなんだな。
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今朝、通りがかりにある家の垣根で見た、このもの。最初は、単になにか枯れたものでも絡まっているのかと思ったのである。5、6センチ。だが、良く見るとなにかじっとりとした感じがあって、生きものめいたところもある。動く気配。そして、その先端辺り、間違いなく動きを見せた。拡大されて撮られている画像を見て、初めて白も入った体をしていたことを知ったのだが、垣根で見ていた時には、小さすぎもして、全体褐色がかった名も種も分からない、奇妙で不可解な生きものとしか映らなかった。そばに通りがかりのおばあちゃんが寄ってきたので、その生きもののことを言うと、旦那さんらしい連れに、「毛虫がいるのよ」と教える。毛虫? そうなのか? なんにしても、こうして画像を見ると、その姿が良く分かるし、体の模様、じつに面白い。そして、ユニーク。色はちがうけれども、先端は蚕のような形ですね。種類、名前、調べてみたくもなる。
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1960年代の後半、ヨーロッパからインドまで陸伝いの旅をしていた時のこと。トルコの東端の町Dogubayazitから、それほどに距離のないイラン国境まで、朝出発してのヒッチハイク。左方向彼方に5137メートル、旧約聖書のノアの箱舟で知られるアララット山を眺めながら、一帯茶の大地以外になにもない中、通る道路を歩いた記憶。彼方前方、イランとの国境の小高い山の肌にトルコ国旗の形が刻まれているのが見える辺り。道路そばに16、7の少年が現われて、脇を歩いてくる。むろん言葉の通じない者同士での、やりとり。良くは分からなかったのだが、なにかこちらが彼の国への感情を害するようなことを言ったものと、受け取ったのか。手のひらに余るサイズの石をとると、それをこちらに向けて投げつける仕草をする。無人地帯である。何が起きても、誰にも分からない。こちらは、無視して国境に向けて歩きつづけた。彼は石を手に、威嚇の構えを見せつつ国境までついてきて、最後に憎々しげに石をこちらの身体とは離れた方向に投げつけたのである。 国境で同じ年のフランス人、ジャン=ピエールとジャックの二人連れヒッピーと知り合い、そこからタブリーズまで一緒にヒッチハイク。一台のトラックで運んでもらえたのである。ところで、タブリーズの街の中でのこと、いくつかの記憶もあるのだが、最近イランについて見ていて知ったことに、例えばそこは東アゼルバイジャン州で住民の多くはアゼルバイジャン人であるということ。イラン人、などと一括りで見る感覚しかないままだった自身の無知。 ちょっと中のことを見始めると、知らないことだらけ。例えばの話、そうである。どこの国のことについても、単純、ありきたりな知識、イメージを抱くだけのままに来ているだけなんだろうな、と思わされる。もっと、知る努力をしないことにはね。
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眼鏡。使っているのがあるんだけれども、別の色の感じのフレームのものにしたい、というのがあって時たま店に寄ってフレームを見ていた。顔の左右にピタリと来るサイズのもの、なかなか無いのである、なぜか。現在、ポピュラーな上下に狭いデザインのフレームは、これまでの自身に慣れた感じからして、なにかピンとくるものがない。似合わないように思う。というので、見つけたいのは、旧来の普通の眼鏡スタイルのもの。で、たまたま今日寄った店に、顔にピタリとくる感触の、かつタイプの色のフレームがあったことで、それにすることに決めて一応探す方のことも済んだかな・・・・・・・と。実際には、薄い色入りのサングラスを使っているのが殆どで、通常の眼鏡はあまり使わないんだけれども。
ところで、眼鏡。関心を持って見ていることが多い。似合っている人の場合など、素直に感心などしながらね。そこで、今日自民党の総裁選に立候補した3人の中で眼鏡をかけていた二人。河野太郎氏、谷垣禎一氏。関心深く見ていたんだけれども、前から河野さんのあの眼鏡、面白いな、と。あのタイプを選ぶ彼という人の、個性。ううむ・・・・・・・。なんと言ったら良いのか、とこちらに思わせる印象。狙いを絞っている、という選択を思わせる。似合う似合わないの次元ではない、という一種超え、かつ抜けた選択。それはなかなかのこと、と言うべき。谷垣さんは、現在のポピューラー型、スタンダード風のスッキリとした形のフレーム使用で、なんと申しましょうか。似合う形に見せている。というのが、眼の表情などの与える印象。その良さが、なにか雰囲気として似合わせている、そんな感じをこちらに抱かせる。などということを、今日の立候補会見を見つつ。
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自分の意志のweaknessと相も変わらずつき合わされるというのには・・・・・・・・・・・とするものですねえ、それは。 Diabetes。17年目。カロリーのこと。重要。本日もまた、つい甘いものなどに過分に手を出し。朝は、今日はきっちりとやろうと思っているのが、その時の弾みでなにか抗えない状況生まれ、もう抑えられなくなる・・・・・・・・。あとでは、相当な自己うんざり感。夜・・・・・・・運動公園までジョギングで8分ほどなんだけれども、その中のコースをまた走り、途中ベンチなどを使って200回の腕立て伏せをし、また住まいまで走って戻る。トータル50分ほどの運動。それで、なんとか過分なカロリーオーバーをお許し願いたいと、自分の体に向けて、申そうとするのか? 許したくもないところでしてね。
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Diabetes。などというものと17年もつき合ってきていて、これまでの間、色々とその状態の悪さの方も経験をしてきていて、心しなければならないことも良く分かっているのだけれども、なかなか思うようにできない。ではあるのだが、時に医者に言葉でガツンと喰らわせられると、それが効いてくるというようなことがある。ワタシは、そういうガツンと喰らわせる医者は大嫌いだし、じつに不愉快に感じたりもするんだけれども、薬よりもそれらのガツンの言葉の方が実効のある薬のように一方では、感じていたりする。結局、元々が自身に問題があるのでしてね。やるべきことが不十分にしかできない。緩みがある。 それを克服していれば、ガツンと喰らわせる医者を前にすることもない。それが、望ましい形。そしてワタシの現状は、こちら側。その方が、たのしいんだな、結局。だから、元のような方角には、もう戻りたくない、と心する。願望と共に。
民主党の308。期待に応えて欲しいですよ。有効な二大政党制が、確立されていくことを願う。
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全長、805.8メートル。現在は3代目の橋。市の川西、川東を結ぶ。今は同じ市に組み入れられている故郷小国町に行く時には、いつもここをバスで通る。この橋の長さ。それも信濃川というスケールの大きな川あってのものであるのだけれども、通りながらの眺めは、その川面積の広さ、中洲の様子や変化に富んだ模様に、しばし圧倒させられてしまう感じ、覚えなくもないですね。
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本年の市民まつりは、なぜか子供の姿が目立ちましたね。パレードにしても、昨年などにあった若い人たちの躍動的なパフォーマンス、参加が見られず、行われたのは、子供たち、年配者中心と思われる民謡パレード。今回は、そうした方針で行われたということなんでしょう。いずれにしても、市民まつり。神輿もでたし、市民たちで多いに盛り上がり、こちらもたのしみました。良いものです。
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中山競馬場のすぐ近く、道路から見える、奥まったところにある樹に囲まれたこの家なんだけれども、かなり古い、でも一軒の家として、かつては或る家族が住んでいたはずであるわけですね。階段があって二階の部屋に行く。二階は、一室だけ。この外観から、それと分かる。どんな家族が住んでいたんだろうな、どれほどの間、どのようにして。などということを、ふいと通りががり思わせる。初めて通りがかりに見てからでも、10年位。その最初の時も、今と変わりのない古さ、様子だったようなものと記憶する。いつまで、残されつづけることになるんだろうな、このままに?
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こういう発想、出てくるようでなかなか出てきませんよ、多分。ワタシは、切り裂いたりはしませんね、多分。ところで、これは初めからこういう形だったのでしようか? 疑問。
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広い交差点で待っている時などにさ。何気なく覗き込んでみたくなったりすることがあったりするものなんだね。別にどうということのない何かなんだけれども。そばに立つ何かしらのその表面だったりさ。ふいと過ぎって 、忘れられ消えていくもの。そのようなものと一緒に。われら、流れてもいるもののようでさ。
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いつでも、素直に動けるというものでもない。天の邪鬼。などという辺境住まいの生きものもいて、この土地はオレのもの、とふんぞり返っていたりすることもあるんだね。その鼻、潰してやろうか? 強硬に出たくもなる時もありますよ。だって、普通には良い人間らしく振舞いたいものだもんな。人の心情の良く分かる、心性の良い魅力ある人間らしくね。あんまり、逸れた処には行きたくないもんだ。でもそれがまた、むずかしい時があってさ。
(真新しく人の通行まだ許されないこの階段画像と、これらの言葉、無関係ですからね)
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消えていくことを忘れるわけにはいかないな。思いたくはないけれども、それはその通りなんだからねえ。そこに見えていたのが、いずれは再び戻れない消滅の場所へと、入りこんでいく。それは、別の何者かのことではなく、この自身を追ってのことであるんだけれどもね。ただ、今は、まだ、用向きあって、そこの角へと向かってなどいる。
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四国。こちらからは、遠い場所。一生行くことはないはずの土地。高校の時、修学旅行で小豆島まで行ったのが最も接近した経験か。もちろん、行けるものなら、行ってみたい。 その四国と縁のありそうな寺が、ここ船橋、自身の住まいの近隣にあるので、そこのことについて、触れてみたい。時たま通る道沿い。国道の14号から少し入った処にある真言宗の大覚院という小さな寺。門が赤塗りであることから「あかもん寺」という呼び名もあるようである。前の道から寺内を見ると本堂の前方、左側にこのような像が立っていて、目につく。
托鉢僧というふうであるのだが、少し高い位置に立つその像の下の周りには石畳が、敷かれている。それらの石に刻み込まれている、八十八の数字。
四国八十八カ所の霊場の数。それを見れば、ここにそれがある理由を思いたくなろうというものである。近隣に寺はあちらこちらにあるけれども、こうした模様を見る場所はない。この手前左には、それぞれの霊場、寺の位置が分かるように案内板が、立てられている。
はるか遠い土地、四国各県の霊場。映像で見たことのある模様と、その長い距離に思いを馳せながら、通りがかり、そのあかもんを入ってそれらの前で立ち止まる。一度だけ、八十八の石を踏んで、回ったことがある。それもめぐり体験になるのだろうか。15、6メートルだけの八十八カ所。想像するしかない、場所。
たまたま、また通りががりに寄ってみることのあったあとのこと、Open collegeにいる早稲田大学の方で、社会連携研究所主催の「四国八十八カ所遍路道から世界へ」と題された公開シンポジウムのあることを知り、関心を抱いた。4月25日の開催。その「世界へ」という部分にも、なにか展開のありそうな期待を感じて。NHKアナだった松平定知氏なども講師、パネラーとして参加。
「このシンポジウムでは、四国と結びつきの深い講師を招き、四国遍路道の研究をコアコンセプトにして、全国に広がる遍路文化、さらに世界の巡礼を見据え、現代の視点から道空間の多様性と社会性を捉えなおす作業を通して、社会との関わりの中でその成果を活かしていくことを目標とします」とその案内にはあった。 その内容がどうであったか。講師として、またパネラーとして話された方々の話。印象にのこることはむろんあったけれども、スクリーンに映し出されるさまざまなシーンの画像を通して知る、遍路道の模様に具体的に伝えられてくるものがあって、興味深かった。四万十川の沈下橋というようなものも、こちら知らなかったりで。 講師として出席された大橋一章教授は、四国高知の出身。遍路道そばで育ったことで、子供の頃家のそばを通るお遍路さんに、いくらかの食糧など渡すように母親に言われた時、それをするのがとてもいやだったと言った。お遍路さんの白い装束がこわかったと言った。そんなエピソードも、印象に残る。
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桜の花は、かなり散ってしまっていますね。でも良い日和。やってきている人、この画像に見える感じよりも多かったですよ。家族、友達、場所によっては多人数のグループで、そしてまたバーべーキューなどをやっている場所もありました。それから、サッカーボールを転がしたり、あれこれ、みんなで興じたり・・・・・・。 この公園は、内側が一帯このように広場になっていて、ちよっと高い位置にウォーキングコースというか、ジョギングコースというか、それがアンツーカーなど敷かれる形で取り巻いているわけですね。一周できるわけです。その一角で今日は、珍しくフリーマーケットが開かれていましたね。私は近くに行きませんでしたから、どのような品物が並べられていたのか分かりませんが、ともかく、コースを歩き、走る老若男女もまた、この日和のせいもあってか、結構いましたね。
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一昨年の4月にこちらの公園の桜を何点かブログ上に。それ以来です。前回は海老川沿いの桜並木の画像も一緒だったのですが、毎年そちらにも行ってきておりますものの、今年は、思えばここのところそちらの方には、足を向けていないようですね。昨日、日曜日の昼、上野に花見に行ってきました。「カラオケ・楽器演奏禁止」の看板がでておりまして、人であふれている園内に聴こえるのは人の声ばかり。とても良い感じでしたね、そうした雰囲気。ガンガン音楽の音がひびくというような型のにぎわいではなくて。 私の住まいから歩いて7、8分の、こちら長津川公園。屋台などがでるわけでもない。周りのウォーキングコースにあるテーブル、ペンチ。あるいはこちらが中心の、内に広がる芝生上に多く集う人々で、この公園ならではの花見ムードいっぱいだったようですね。
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花見day。広い公園内のこちらにシートを敷いて集ったシニアたち。全員六十半ば以上とも見える。良い時のことも良くなかった時のことも、苦労も、それはもう分かりあっているのさ。こんなふうにあったかく晴れた春の日に、一同介して、あれこれ語りながら飲む。気分良くないわけがない。 良いなあ。「和」、なんて。
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9世紀初頭に空海によって開かれた真言宗。その豊山派のこちら、お寺。 その山門。すべてのひとに、開かれて。錠前がかけられることもない。そうして、その外と内の空気は、同じでありません。同じとは、感じません。こちらの空気は、ひんやりとして浮き立つものを、鎮めようとするかのような作用をする気配思わせて、それ既に、なにか異うもの。そうして、沈む色調の重い周辺模様に包まれるようにして、進める歩。そのようなイメージ伴う、こちら。
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今朝のこと。ウィンドーの向こうに見える二人の人物。なにか、おかしい。そこに実際にいる気配。どうなのだろうかと近づいて行った・・・・・・・。いま改めて、このようにして画像を見てみると、向こうの壁に張られた写真であるのを、その時に確かめ見たはずであるのが、どうもそれとは別な形に映る。実際はどうだったのか。なにか、あやしい。
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そこに立つ。見る。ずうっと奥までの、深さの感覚。行ってみたくなる。それが行けども行けども、辿りつくことのない通路。その入口であるとしたら。などということを、ふいと思わないこともない。幾昼夜もかけて歩きつづける。その先に何があるのかを、知りたい一心で。そうして、ついには辿りついた先。だがそこはまた、新しい果てしのない通路の入口。限りなく繰り返され、終わりがない、ということが見えてくる。然様なパターンの想像。お話。よくありそうな展開のものではありますが、いずれにしても入口手前辺りで、向こうの様子を眺め、ちょいと想像を掻き立てられながらも、それを楽しむ程度にとどめて、通り過ぎる。そのあたりのところで、宜しいかと。
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今日、通りがかりに見た、近所の道路に面した建物前のこの模様。植込み、4、5メートルに渡る。毎年、このような具合に編まれる。相当に手間、時間のかかることに思われるけれども・・・・・・・。編むその人の根気に対して、敬意を払いたくなりますね。それと、興趣ある眺めを見せてもらえることに、感謝も、と言ったら良いか。
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確か、昨年の秋の頃。この場所で発生した交通事故によって、近くに住む男性が亡くなった。若い人だったのではないかと思う。その時には、沢山の献花、食べもの、飲みものなどがそこに供えられて、亡くなられた人が如何にみんなに慕われていたかを、思わせたものだった。その後も献花や供えるものの絶えることなく、人の心を感じていたものだけれども、今日気づいたことに、それが撤去されて、この貼り紙。 どうなんだろうか? いつも通る場所であるけれども、そこに献花他、壁沿いに置かれていた物が、何らかの障害があるように映ったことはない。むしろそのことで、人の心や、傷ましいことの起こらないことへの訴えのようなものを感じさせてくれるものとなっていただけに、放置物というような扱いを受けさせられることには、疑問を感じる。障害でもあるのであればともかく。心ある人の行為に対してとても冷淡、という印象は消えない。
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母親のMickyが、ペルシャ・トータシェル。だからこの一歳のBicとは全く姿が違う。別種という外見。でも、間違いなく親子。2009年3月16日。Bic、丸々と元気。、性格非常に良し。
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What would you do then? 雨も、過剰。それだけではない、強風も加わる。気力も、湧かない。という時には、What would you then? 壁を、見ている。そこに浮き出るMonsterめいたもの、左眼だけで、追う・・・・・。という辺りのところは抜けて、もうひとつ上の次元に突入。というのが、ベストなんだろうな。つまりは、四次元。
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狙われている、というのであれば姿を隠す。それも、ひとつの手。外歩くときには、顔見えないように、そこも覆う。それは、実に窮屈なことを強いられている状況ということになるでしょう。でも、まさかね・・・・・・・・・・。
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道沿いにある、とても古い小さな平屋の、かつてはなにかの店だった所。今は古び変色したカーテンが閉じられ、そこが出入りの所として使われている気配がない。カーテンの端が開いていたので、その間から中を撮らせてもらったのだが、なにか木工細工のもの、作られていたのだろうか? 今も作られているのだろうか? そのようなことを思わせる。かつては、狭いながらも店先であったはずのその場所。空間。いまも、そこで作業にかかるだろう人の思い。夢も、どこかに潜んだままであるのかもしれない。
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特別なことなど何もない。カフェのテーブル上。milkをこぼしてしまったんですねえ。それだけのことで、特別なことは、なにも無いのです。但し、このcolorのmilkはないでしょう。
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読み方の同じ、似たような文字。例えば、遍在と偏在。何故にこれほどまでに離れているのかと思えるほど、意味は遠くかけ離れている。正反対。 そうして、この遍在と偏在。人の心の在りようを問われることも多い方面、領域のことになったりもしますね。例えば、人間世界に非常に顕著な、偏った見方の刷り込み現象。それが見方を分けること、多いでしょう? そういうことなどもね。
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外壁滑らかであれば、そこに映るのは、傘の下の、U・・・・・・・。そういうことになるところが、まるで似つかないシルエットらしきものを、そちらはっきりと見ないで漠と感じたりなどなどしたら、それは次元を超えた世界入りのお話に傾くことになるのではない? そこに映るのは、「私」でなければならないのにね。ではあっても、妙な予感。ありえない予感を、時として覚えていたりすることもなくはないでしょう? 心の微妙な、危い揺れ、束の間あることも。
、
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だから、あちらになんか行かないで、ここで、ここ、この場所で、あちらと同じ、いやいやそれ以上の味わい深いものをせしめるために、ベストのものを投げ、ベストのものを受け止める、というあらぬ期待、あらぬ夢、いやいや、当然可能なそのことを、やろうという訳・・・・・・・・、とそこ行くアインシュタインらしき顔仮面を着けたPERSONが、のたまう。
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街の中とはいえこの辺り、住まいから7、8分も歩けば、田畑の広がる方面にも行けるということで、目下のところ私のウォーキングは、そちらエリア。大体、夜の7時前後のスタートということになりますので、その辺り一帯は、暗い。そうして、はるか遠く彼方に街の白や赤、青などの灯が横に帯となって並び、なかなかに素敵な夜景。で、歩く道は画像のような田の間の、道の真ん中は草ボーボーというような所だったりしまして。農家の軽トラが作る溝が左右にできていて、歩きやすい場所を定めないといけない。真ん中の草叢も悪くはないし、車輪の作った溝も、土が出ているから固くて歩き易くはある。というような具合なんですが、総じて一帯の私のウォーキングするコースは土の道ですから、雨の後などは泥濘でどうにもならない場所などもあるのです。行きかけて、引き返す。別の道を行く、ということになります。 人にも会わない。たまに車が通る。晴れた日などは、巻き上げていく土埃が大変な所などもあって、それはコンクリートの路に慣れた感覚には、考えられない状況。大体、一時間ほど、腕を振り速歩の態勢でやっておりますね。広い一帯田畑なので、見える空の範囲が、街中とは全く異なる。夜感じる、その夜空の広大さ。星。なかなかに良いもので。
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今の時期、各大学などでは、定年退職される教授方の最終講義が行われたか、行われるかしていることでしようね。先日ネットを通じて、昨年5月から7月にかけて明治大学のリバティアカデミーで講座を受講した時の教授の、最終講義が行われることを知り、そういう年齢になられていたのかという意外な思いと共に、長年教えていた場を去るというのはどんな心境、感慨を覚えるものであるんだろうということ、思ったりなどしたのである。そうしたことのあったあと、先週の初めだったか、昨年の12月にOpen collegeに入会した早稲田大学のホームページを見ていて眼にしたのが、定年教員の最終講義の知らせ。各教授の講義の中で関心を覚えたのが、佐佐木幸綱教授のもの。一般の人も受講可能という、開かれた形での最終講義ということでした。
和歌の方面に関心があったというわけではないのだが、たまたまその関係のものを読んだりしていたところだったのである。そのきっかけというのが、昨年の12月に早稲田のQpen collegeにやってきたさい、通りの古書店の店先で眼にした大岡信の著書。買うことにして、読んでいるうちに出てきたのが、連詩のこと。海外の詩人たちとも試みている。そうした活動にも触れて書いているのだけれども、元を辿れば、それは日本中世の連歌からの発想、表現行為。そんなことから、そういえば1996年に3年次編入で入って2年後に卒業した放送大学で、「中世の日本文学」という科目を履修したっけ。それを思い起こして、テキストをとりだして読みだした。当然、連歌、宗祇のことなども改めて記憶にとどめるような形になったわけだけれども、次のこととして、中でひとりだけ目下のところ最も関心の向くひとのことについて、もうちょっと知ってみよう。ということから、西行を選ぶことにしたのである。早稲田大学の最終講義のことを知ったのは、ちようどそうした状態の時。
申し訳ありません、と言うべきか。私、歌人佐佐木幸綱氏について、全く知りませんでした。サイトでお名前を拝見して、一目瞭然の佐佐木信綱につながるお名前。ああ、教授をしておられたんだ、と初めて知った次第。タイトル「早稲田・歌・二十五年」。その外見を想像してみたりもしながら、ともかくどのようなことを話されるのか、ひじょうに関心を覚えました。最後の講義、どのような思いをもってされるんだろうか。人生の中、70才という年齢で、その教授としての仕事の場を去るというのは、どのような感慨をともなうものなんだろう、などということも思い。当日は、始まる10分ちょっと前に政経学部の教室に。既に満席。こちらの腰をおろせる席などなし。後方、教室の角あたりに立っての受講。 登場された教授のお姿を拝見しての印象。バランスのとれた外見、温和、柔らかな雰囲気をもった紳士。若い時代、スポーツにも打ちこんだということです。そんな背景も身体的な部分にイメージなどしつつの、拝見。さまざまな短歌の賞を受賞され、日本芸術院の会員でもある人。でも、そうしたなにか、得ているものを外に見せつけようとするような感じは、与えない。そういうタイプの方ではない。謙虚で屈託のない、とても魅力的なお人柄、そうした印象でしたね。
お話されたことの中身。それは講義のタイトルからおおよそ察せられると思われるようなことになるわけですが、普段学生たちを前に講義のさいに話されることのなかったようなこと。最後の講義ということでありましたから、教授もそれを言われつつ、話されていましたね。1938年のお生まれで、1959年に早稲田に入っている、ということなんですが、他大学の附属高校からその大学に入り、それから浪人を経験して早稲田に入っている。その浪人時の後半、体がなまるのは良くないとボクシングジムに通っていたという話とか。早稲田文学の編集に関わる先輩たちとのエピソードとか、それはさまざまに。ともかく教授は、文学部ではなく政経学部の所属だったということで、普段の講義で話す内容、傾向も文学部の学生向けではなかったということもあったようで。 最後には、むろん花束の贈呈など。さわやかに終わりましたね。自身にとって、最終講義というようなそうした場、初めての経験で、記憶に残るものとなりそうです。
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僅か、数日前のことであるのに、この画像を撮った場所の記憶がない。欠落。思いめぐらせても、分からない。この場所に、現実にはいなかったのかもしれない。そちらに、飛躍してしまいたくもなるほど。
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